〜箱根駅伝ミュージアム〜
1920年から89年間もの間続いて来た箱根駅伝。
その存在は日本人なら大抵の人が知っているであろう。
しかし、その熱さを知っている人は少ないのでは無いだろうか。。。
1920年から89年間もの間続いて来た箱根駅伝。
その存在は日本人なら大抵の人が知っているであろう。
しかし、その熱さを知っている人は少ないのでは無いだろうか。。。
東京は千代田区大手町の読売新聞本社前から芦ノ湖まで往路108.0km、復路109.9km、
計217.9kmを10区間に別けて20組のランナーが走り抜ける。

1920年から89年もの間、開催されなかったのは第二次世界大戦の時のたったの5回。
敗戦後箱根駅伝運営陣はマッカーサーに嘆願書を出し、
開催の許可を得て、阿鼻叫喚の直後に箱根駅伝は再開されたという。
なにがそんなに男達を熱くさせるのであろうか。。。
正直言って本日、箱根駅伝ミュージアムに行くまで私には解せなかった。
正月の箱根
極寒の中、時には雪やミゾレも降りしきる。
その中で男達は一本の襷に一年間の練習の血と汗と涙の重さをその肩に掛け
胸には大学の歴史を貼付け、物理的な重量の無い歴史と重厚な人間の想いを背負い走り続ける。
マラソンと駅伝の違いはチームということ。
一人が諦めたら全ては水泡と化す。
なんというプレッシャーなのだろう。
古い歴史の写真の数々が語る昔の箱根駅伝はもう凄まじいとしか言いようの無いものも有る。
まだ舗装されていない道路をひた走る姿や、その頃下着のショーツを使用せず
フンドシを着用して走っていた為に起こった問題や
男性特有の症状をどう克服したのか等TVでは放映されない裏話の数々も。。。
私の勝手な推測であるが、箱根駅伝というものはメディアを進化させた原因の一つではなかろうか。
箱根のくねくね道、有線での撮影は到底不可能。
そこで中継車というものが活用され、全てが放映できる様になった。
箱根駅伝ミュージアムの副館長さんにお話しを伺った所こう仰っていた。
"10区間に別れたコースを走る抜ける姿に人間の人生を見る事が出来る"
辛いからやめよう、とか私にはこれ以上走るのは無理だ。と諦めたら自分を応援してくれている人達、
チームの人間、大学の名前、そして、それに掛けた自分の努力。。。諦められる筈が無い。

駅伝ミュージアムにはその歴々と共に写真や映像も沢山展示してある。
特に心に響いたのはゴールした瞬間の顔の写真。
それは見る人も同じ気持ちに慣れる程の素晴らしい人間の姿だった。
89年前に始まったストーリーは冷める事無く
現在に至るまでその温度を保ち、
それどころか歴史が重なるに連れて更に沸点を高騰させ
たった数グラムの襷に重みをもたせてずっとリレーされ続けている。
副館長さんはもう一つ言っていた。
箱根駅伝が開催されている間は日本は大丈夫!
あんなに立派な若者達が居るのだから。
と。

私は今回の取材に行って、'
色々有るけれど私もまだまだもっともっと頑張らなくては。
いや、まだまだ頑張れるって思わされた。
このご時世、元気の無い人達が多いけれど箱根ミュージアムに行ったら
きっと、生きる為の元気をもらって来れると本気で思います。
ライターの仕事だからこんなコト言ってる訳じゃなくて
私の正直な意見です。
もっと日本を元気に生きましょう!!
箱根駅伝ミュージアム
〒250−0521
神奈川県足柄下郡箱根町箱根167
TEL 0460-83-7511
箱根駅伝往路ゴール・復路スタート地点
written by Junco.Q
ViewPoint!
計217.9kmを10区間に別けて20組のランナーが走り抜ける。

1920年から89年もの間、開催されなかったのは第二次世界大戦の時のたったの5回。
敗戦後箱根駅伝運営陣はマッカーサーに嘆願書を出し、
開催の許可を得て、阿鼻叫喚の直後に箱根駅伝は再開されたという。
なにがそんなに男達を熱くさせるのであろうか。。。
正直言って本日、箱根駅伝ミュージアムに行くまで私には解せなかった。
正月の箱根
極寒の中、時には雪やミゾレも降りしきる。
その中で男達は一本の襷に一年間の練習の血と汗と涙の重さをその肩に掛け
胸には大学の歴史を貼付け、物理的な重量の無い歴史と重厚な人間の想いを背負い走り続ける。
マラソンと駅伝の違いはチームということ。
一人が諦めたら全ては水泡と化す。
なんというプレッシャーなのだろう。
古い歴史の写真の数々が語る昔の箱根駅伝はもう凄まじいとしか言いようの無いものも有る。
まだ舗装されていない道路をひた走る姿や、その頃下着のショーツを使用せず
フンドシを着用して走っていた為に起こった問題や
男性特有の症状をどう克服したのか等TVでは放映されない裏話の数々も。。。
私の勝手な推測であるが、箱根駅伝というものはメディアを進化させた原因の一つではなかろうか。
箱根のくねくね道、有線での撮影は到底不可能。
そこで中継車というものが活用され、全てが放映できる様になった。
箱根駅伝ミュージアムの副館長さんにお話しを伺った所こう仰っていた。
"10区間に別れたコースを走る抜ける姿に人間の人生を見る事が出来る"
辛いからやめよう、とか私にはこれ以上走るのは無理だ。と諦めたら自分を応援してくれている人達、
チームの人間、大学の名前、そして、それに掛けた自分の努力。。。諦められる筈が無い。

駅伝ミュージアムにはその歴々と共に写真や映像も沢山展示してある。
特に心に響いたのはゴールした瞬間の顔の写真。
それは見る人も同じ気持ちに慣れる程の素晴らしい人間の姿だった。
89年前に始まったストーリーは冷める事無く
現在に至るまでその温度を保ち、
それどころか歴史が重なるに連れて更に沸点を高騰させ
たった数グラムの襷に重みをもたせてずっとリレーされ続けている。
副館長さんはもう一つ言っていた。
箱根駅伝が開催されている間は日本は大丈夫!
あんなに立派な若者達が居るのだから。
と。

私は今回の取材に行って、'
色々有るけれど私もまだまだもっともっと頑張らなくては。
いや、まだまだ頑張れるって思わされた。
このご時世、元気の無い人達が多いけれど箱根ミュージアムに行ったら
きっと、生きる為の元気をもらって来れると本気で思います。
ライターの仕事だからこんなコト言ってる訳じゃなくて
私の正直な意見です。
もっと日本を元気に生きましょう!!
箱根駅伝ミュージアム
〒250−0521
神奈川県足柄下郡箱根町箱根167
TEL 0460-83-7511
箱根駅伝往路ゴール・復路スタート地点
written by Junco.Q
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